【先行研究紹介】「公営塾」に関するデスクトップリサーチとその分析

「全国自治体調査」に先立って、研究メンバーの本所・中田は全国の公営塾に関するデスクトップリサーチを行い、公営塾の実態の分析を試みました。この成果は、2019年の世界教育学会で発表し、2022年には英語論文にまとめました(Honjo & Nakata, 2022)。ここでは、英語論文を簡単に要約し日本語でご紹介します。

【論文】Honjo & Nakata (2022) ” Rise of public juku in Japan: A possible new role of supplementary tutoring(公営塾の台頭:補習教育の新たな役割)” Bulletin of the Faculty of Education, Kanazawa University, 14, 133 – 146.

はじめに

・日本の教育は公的セクターと私的セクターの相互関係に基づいて発展してきた。他の国と比較して、私立学校に通う子供の割合が高く、特に幼稚園や高等教育において私立学校が多い。補習教育市場が発展しており、特に中学生の半数以上が私立の塾に通っている。

・公営塾(public juku)は自治体によって自発的に始められた教育機関であり、1993年に登場し、2010年代に急増した。

・公営塾は公的機関によって運営されるという公的な特徴を持つ。一方で、公立学校ではなく学校外での補習教育を提供し、場合によっては追加料金が発生するという、私的セクターにある民間塾の特徴も合わせ持つ。そのため、公教育と私教育の関係と役割の区別を再定義する機会を提供している。

研究方法

・公営塾の特徴と実態を明らかにするために、インターネットからの情報収集と1つの自治体でのインタビューを行った。日本全国の公営塾の包括的なリストは存在しないため、都道府県ごとに検索を行った。情報収集には研究論文やメディア記事、公営塾および地方自治体のウェブサイトを活用した。また、1つの自治体で、公営塾に関連する3人の関係者にインタビューをした。

公営塾につながる塾の歴史

・19世紀には既に私塾や予備校が存在し、塾は日本の近代化に重要な役割を果たしてきた。1960年代には高校入試競争の増加に伴い、補習塾の需要が高まった。しかし、塾は利益追求を行っていると批判され、1970年代には社会問題となった。入試競争の減少とともに、塾への批判は減少し、公的セクターとの協力関係が生まれた。学校に塾講師を招いての補習、塾による教員研修の提供、塾による試験や教材の提供等である。

公営塾の特徴

・デスクトップリサーチでは82の公営塾が見つかった(設置予定、検討中のものを含む)。

(1)対象者

・対象者によって2つに分類した。主に高校生を対象とした公営塾と、主に小中学生を対象にした公営塾である。

(2)設置年

・2012年以降は毎年公営塾が設置されている。
・初めての公営塾は1993年に設置された北大東村(沖縄県)のなかよし塾。
・高校生を対象とした初めての公営塾は2010年に設置された隠岐國学習センター(島根県)。

(3)公営塾の設置されている自治体

・公営塾の約90%が人口2万人以下の自治体に設置されている。
・なお、全国における人口2万人以下の自治体の割合は46%である。
・もっとも多くの公営塾が設置されているのは北海道(14)、沖縄(10)、広島(7)である。

公営塾をプロットした地図はこちら

(4)アクター

・自治体によって公営塾を管轄する部署が異なる(教育委員会や地域振興を担当する部署等)。
・スタッフには、元教師や大学生、自治体職員、留学生、私立塾の講師などが含まれる。また、地域おこし協力隊(総務省の施策)を雇っている場合もある。
・運営は公的機関以外の組織に委託される場合もある。最も多くの公営塾に関与している組織はPrima Pinguino株式会社とBirth47株式会社である。Fiore Connection株式会社は複数の公営塾にオンラインレッスンのパッケージを提供している。

(5)設立動機

・公営塾の設立動機は、地域における教育機会の不足に関連しており、一部の地域では民間塾が存在しないことが理由として明示されている。
・高校生を対象とした公営塾は、大学進学や進路のサポートを目的としていることが多く、それに加えて地域との結び付きや、地域での生活・就業を奨励する目的を持つこともある。
・小中学生を対象とした公営塾は、高校受験を目指すものや学習習慣の改善を目指すものなどがあり、都市と地方の学習成果の格差を縮めることを目的とするものもある。地域の将来のための人材育成を目指す公営塾も存在する。

議論

この調査では、3つの論点が浮かび上がった。(1)塾と学校の役割分担、(2)社会問題の「教育化」、および(3)公営塾の質と持続可能性である。

(1)塾と学校の境界線

・塾と学校との間には常に対立関係があったが、公営塾は公立のため、公立学校との対立関係は生じにくいと考えられる。しかし、これに関して2つの問いが生じる。

・ひとつは、なぜ公教育の枠組みの中で公立学校自体が補習授業をするのではなく、新たな塾を設立する必要があったのかという点である。これは、日本の教師の長時間労働との関わりや、都道府県立の公立高校と町村立の公営塾といった設置行政主体の違いが関わっているかもしれない。

・もうひとつの問いは、公営塾と公立学校とは予想通りの協力関係を築けているのかという点である。公営塾は学校と競合する必要がなく、地域に民間塾がない場合が多いため、利益を競う必要もない。しかし、当事者の視点から見ると、実際はより複雑のようだ。

・公営塾は、自分たちの役割と存在を明確にするために「境界作業(boundary work)」を行っている場合もある(卒業生の進路について広報しない、学校では提供されないキャリア教育を実施する等)。

(2)社会問題の「教育化」

・近年、社会問題を「教育化」する傾向が増していると言われている。教育化とは、学校に社会的な責任を負わせることであり、社会の不平等の解消、肥満の削減、経済生産性と市民性の向上などを教育に求める現象のことだ。公営塾の多くは、地域の人口減少を背景に立ち上げられており、人口減少や過疎化という問題を解決するために設立された教育機関と捉えることもできる。

・ただし、教育化は依存の増加や幼児化などの否定的な意味を持つことに注意が必要だ。教育化は「医療化」と似ている。より多くの医療介入が必ずしもより健康な社会をもたらすわけではなく、医療への消費や依存を増加させる可能性がある。この点において、公営塾は教育サービスへの消費と依存の増加を促進し、教育の新しい市場を開拓していると捉えることもできる。

(3)公営塾の質と持続可能性

・公営塾は学びの場としてその質と持続可能性が問われるべきである。ここで2つの問題が挙げられる。

・スタッフの質と持続可能性。例えば、地域おこし協力隊は3年の任期である。

・教育内容。学校が提供することができていないキャリア教育等を提供しうる。

※詳細は、論文をご覧ください。Honjo & Nakata (2022) ” Rise of public juku in Japan: A possible new role of supplementary tutoring(公営塾の台頭:補習教育の新たな役割)” Bulletin of the Faculty of Education, Kanazawa University, 14, 133 – 146.